ついに米国が金融緩和からの脱却に向けて動き出しそうです。
今後の株式市場について考えを述べてみます。
ドイツを代表する文豪ゲーテ。彼が生涯をかけて書いた長編戯曲作品『ファウスト』は、はじめの部分が発表されてから完成するまでに60年もかかったという大作です。この作品は、ファウストという名の博士が、当時主流であった哲学や医学などの学問を究めるものの更に湧き上がる知識欲求に歯止めが利かず、遂にはその欲を満たしきれないことに歎きこの世に関心が無くなってしまったという話です。神と誘惑の悪魔メフィストフェレス(以下メフィスト)が、彼が正しい道へと進むのか、それとも悪の道へと誘惑されてしまうのかを賭けることから始まります。
今回この作品を取り上げたのは、主人公のファウストが神聖ローマ帝国の皇帝の家臣となる部分について趣きを感じたからです。劇中の帝国は財政破たんの危機に瀕しており、国は乱れ国庫は空っぽになっていました。皇帝を筆頭に宰相、大蔵卿などの重臣たちが国の行く末を思い悩んでいるところにファウストとメフィストが現れ財政問題を解決する方法を伝授します。なんとそれは紙幣の発行という方法でした。
ファウストの第2部が発表されたのは1833年で、この頃のヨーロッパはイギリスの金兌換法制定(1819年)から始まりヨーロッパ中が金本位制に移行していった時代にあたります。金本位制とは兌換紙幣(金地金と国や中央銀行によって交換を保証された紙幣)が流通することを意味します。経済が発展しモノやサービスの価値交換の機会が拡大する過程で、金地金を実際の取引で使うには不足無く金を手元に持っておかなければならないこと、高額取引になればなるほど重くて持ち運びが不便になることなどを考慮すると、紙幣取引は有効な代替手段です。また当時は国際貿易が活発化してきており、多国間通貨の決済を行うためには価値が何かで統一されていることが必要であったことが考えられます。当時のイギリスは軍事的に世界最強であり、いち早く産業革命が起きたことで産業、金融などあらゆるものが集中していました。それによって世界貿易はイギリスによってリードされ、その制度に参加しなければ経済的に孤立する可能性があったという側面がヨーロッパを中心に金本位制度が広がっていった背景にあるでしょう。
話を元に戻しましょう。ファウストとメフィストは皇帝に兌換紙幣発行をそそのかすわけですが、その信用は何に裏付けされるのでしょうか?兌換紙幣ですから、必ず価値のある何かに交換されることが保証されて初めて紙に価値が宿り紙幣となります。ところが劇中にて大蔵大臣は国の金庫は空っぽだと言っています。ですからこの国には交換するものが無いはずなのです。では何と交換するつもりなのか…なんと領土内の地中に埋まっているはずのローマ帝国の宝物だったのです。一時は財政問題が解消されたかのように見え、紙幣が発行されることで流動性が高まって経済が活発化し民衆は喜びます。しかしその後帝国は財政破たんに向かっていきます。その紙幣に何の裏付けも無いことが分かれば、ただの紙切れになってしまいますから当然です。現代とは金融システム自体が違い比較は出来ませんが、先進国が行っている金融緩和を連想するのは私だけではないでしょう。
欧州ではドイツが金融緩和について消極的で、フランスやイタリア等と対立しているという構図が見受けられます。この作品の作者であるゲーテは現在のドイツにあったヴァイマル公国で宰相を務め、恐らく18世紀前半に起こったフランスの混乱から影響を受け、戒めのように作品の中にメッセージを込めたのだと思います。第一次大戦後のハイパーインフレの記憶も相まってドイツには通貨の安定への固執が深く根付いているのかもしれません。
普段私たちが使う紙幣=日銀券は不換貨幣ですから、発行する日銀への信用が担保になり、それは日銀法を定める政府への信用、そしてその政府の永続性を占う日本経済への信用とも言い換えられるわけです。70年前の敗戦から立ち直るというスタート地点は一緒であった日本とドイツ。25年前には東西統一で旧東ドイツを抱え経済的にも厳しい時があったにもかかわらず、今では一人当たりGDPで日本より2割も多くなり財政は黒字化しています。金融緩和が救いの一手となるのか悪魔のささやきとなってしまうのか。今、私たちは歴史の大転換期を目前にしているのかもしれません。
【最高投資責任者 兼 ファンドマネージャー 草刈 貴弘】