昨年11月頃、ウォーレン・バフェット氏がコカ・コーラに噛みついた、と話題になりました。米国コカ・コーラ社の筆頭株主として長い歴史を持つバフェット氏は、同社のストックオプションを「法外な報酬をもたらす宝くじ」として批判し、結果として同社はストックオプション報酬を見直しました。この騒動は長年の両者の友好関係を知る人々に驚きを与えましたが、実はこの両者は私が投資に目覚めるきっかけを与えてくれた重要な存在でもあります。私もそんな恩師のような両者の悶着には何とも言えないもどかしさを感じますが、今回はそんな私の思い出話に少々お付き合いください。
米国で政治を志す
今から17年程前、私は米国の大学で政治を学んでおり、将来は社会問題の改善に役立てるよう国連などの政治に携わる分野で働きたいと思っていました。その後、大学を卒業し、大統領選挙にボランティアとして働いていた時、メディアでバフェット氏が選挙に関して発言したことがありました。仲間内でもその話題になったものの、経済に疎い私はバフェット氏が誰かもわからず、家に帰ってから調べ始めました。そしてわかったことは、大変な資産家であること、ウォール街とは一線を画す投資手法をとっていること、そしてコカ・コーラ社の筆頭株主であることでした。コカ・コーラ社はジョージア州アトランタに本社がありますが、アトランタには数か月程滞在したことがあり、とても親しみある街でした。妙な縁を感じた私はコカ・コーラ社に興味を持ち調べてみると、アトランタとコカ・コーラ社についてとても興味深いことがわかったのでした。
財団で潤う街
1886年にアトランタのジョン・ペンバートン氏によって発明されたコカ・コーラは同年5月8日に薬局で発売されました。127年経った今、売上は初年度の約50ドルから461億ドル(2013年)にまで成長し、"Coca-Cola"は世界中で"Okay"の次によく知られた言葉とまで言われるようになりました。
さて、会社が成長する一方で、同社の中興の祖と言われる経営者ロバート・ウッドラフ氏は、1937年に自身の持つコカ・コーラ株式を拠出し財団を設立しました。主にアトランタ地域における、健康、教育、芸術文化、コミュニティ等の発展を目的とした財団は、法律の定めで毎年資産の5%を寄付する必要もあり、巨額のお金を毎年アトランタ地域などに寄付していました。設立からの寄付金総額は3,000億円を超え、全米屈指の私立大学に数えられるエモリー大学等の教育機関や研究機関、地域の緑地整備やバリアフリー対策など、政治を介せば政策論議や予算審議で思うように進まないことも多い社会政策が、投資を介して直接的に実現されている姿がそこにはありました。
財団は存続できる?
しかし、毎年資産の5%を拠出すればやがて資産が枯渇しそうなものです。なぜ資産がなくならないのか?私はその答えをバフェット氏に求めました。ここで細かくは述べませんが、"株式の理想的な保有期間は永遠だ"とまで言い切る長期的視点に立った投資手法は、投資収益を最大化し世の中にお金を回すのに最も合理的な考え方に思えました。人々の役に立ち成長する企業を適切な価格で購入し保有し続ければ、複利で価値は増えていく。そしてその増えたお金を直接社会に還元し、社会問題の改善に寄与することができる。それを知った時、私の頭からは政治を志す気持ちは消え、投資で社会をよくしたいと思いはじめ現在に至ります。なお、毎年の寄付にも関わらず、ウッドラフ財団の資産は約3,800億円(2013年)、資産の約84%を占めるコカ・コーラ株式は、簿価の約45倍になっています。そして80年ほど経った今でも毎年100億円を超えるお金を地域に還元し続けています。
お金を社会に還元
米国には現在このような財団が86,000以上、毎年の寄付は約6兆円と言われています。それに個人等からの寄付を合わせると約35兆円(米国政府の年間支出予算の約10%)ものお金が、人々の意思を持って社会に直接的に還元されています。勿論、その全てが株式をもとに寄付されたものではありませんが、株式を寄付財産の基本とすることで、配当や値上がり益も得られ、永続的に社会にお金を還元できる可能性があります。今回は財団の話をしましたが、投資と支出の関係においては財団も個人も同じだと思います。投資で増えたお金を使って社会をよくできたら、それは投資の醍醐味のひとつと言えるのではないでしょうか。ちなみに、バフェット氏は幼少の頃から将来お金持ちになった時のお金の使い道に悩んでいたそうです。
【クレジットアナリスト 中村 明博】