日本勢が史上最多となる41個のメダルを獲得したリオデジャネイロ五輪。自国開催となる2020年東京五輪に向け期待をふくらませる成果をあげてくれました。そのような東京五輪の準備に対して現在様々な建設計画が打ち出されていますが、建設業界は今、「人手不足」という大きな壁に直面しています。
バブル経済が崩壊して以降、建設投資の縮小に伴い就業者数が減少を続けている建設業界ですが、今後もその傾向は続き、現在、建設現場で働いている労働者340万人のうち約110万人が今後の10年間で離職する可能性が高いとされています。国土交通省によると、今の状況が続けば2025年には、建設需要に対して約130万人の労働者数が足りなくなるとのことです。今後、明らかに労働力が不足する建設現場において、もはや生産性向上は避けることのできない課題です。この課題解決に向け、いよいよ建設現場における本格的なICT活用が現実味を帯びてきました。
建設現場のICT活用
建設業は、案件毎に様々な技能を持った技術者が多数集まって屋外で作業を行う生産スタイルであるため、これまで製造業が進めてきたライン生産方式、セル生産方式、自動化、ロボット化といった生産性改善策に取り組むことは難しいと考えられてきました。特に建設現場でもっとも多く見られる土木工事は、最近の30年で生産性がほとんど改善されていません。しかし、近年のIoT技術の進歩によって、屋外で行う土木工事においても大幅な生産性改善が見込めるようになってきたのです。
実際に3次元データを活用して測量、設計、施工計画、施工、完成検査という一連の作業プロセスを効率的に行う事例が出てきています。測量ではレーザースキャナやドローンを使って撮影した地形写真をもとに、短時間で高精度な3次元地形データを作成します。作成した地形データは設計や施工計画に引き継がれ、設計図面と比較することで自動的に切り土量や盛り土量を算出し、3次元施工データを作成していきます。そして、マシンコントロールを搭載したICT建設機械に施工データを読み込ませ自動化施工を行います。最後の検査でもレーザースキャナやドローンを使った3次元測量を行い、検査項目を半減させます。このような建設現場におけるICT対応によって、全体の工期を半分以下にできるところまできているのです。
本格的な普及に向けて
建設現場でのICT活用が現実的になってきた背景には、様々な技術発展の積み上げがあります。特に衛星測位技術の進歩は大きな成果でした。自動化施工を行うためには、建機の位置を誤差±5cm以内の精度で把握する必要があるからです。カーナビなどに使用されている一般的なGPS受信器の場合、その測位精度は2~3mで自動化施工を可能にする精度とは程遠いものでした。そこで登場したのがセンチレベルの測位精度を可能にしたRTK-GNSSと呼ばれる新技術です。今では、多衛星から電波を受信し、かつ固定局からの信号を複雑なアルゴリズムで処理して誤差を補正することによって測位精度をミリレベルまで高めることのできるメーカーも出てきています。
この様に技術面の発展は着々と進みつつありますが、本格的にICTが活用されていくには未だ多くの課題が存在しています。中でも価格面の壁は大きく、『ICT機器が高価で費用対効果が出ない場合がある』という意見も多いようです。特に日本の業界構造は、大手ゼネコンが現場の労働者を直接雇用せずに、下請けに出し、それを受けた下請け業者はまた別の零細業者に下請けに出す「重層下請け構造」になっているため、ICTへの十分な投資ができない企業が多く存在しています。月商別に見ても61億円以上を稼ぐ大手企業は全体の0.5%に過ぎず、1.2億円以下の企業が94%を占めているというのが実情です。重層化問題を解決し、生産性向上への投資ができる環境を作って初めて業界全体が健全化され、人手不足にも対応できるのです。一方で、サービスを提供する企業側も、中小企業がサービス利用できるようなビジネスモデルを構築していく必要があるでしょう。
危機を好機と捉えて世界に発信を
これらの取り組みは、日本だけでなく少子高齢化が進む他の先進国や、インフラ需要が急激に加速するものの優れたオペレーターが足りない新興国にとっても重要なものとなるでしょう。そのため今の状況をチャンスと捉え、課題をクリアし東京五輪が開催される頃には新しい建設モデルの確立を目指して欲しいものです。五輪という華々しい舞台の裏で着実に進んでいく変化を長期投資家として期待しています。
【運用調査部長 岡田 知之】