ある町の高い煙突
新田次郎著
文春文庫
経済の発展段階では、急速な工業化がもたらす公害などの被害が大自然を破壊し、人々の生活基盤を痛めつける。
それでも、国中が成長優先で突っ走って止まらないから、公害問題はどんどん深刻化する。かつて、1960年代の日本がそうだった。公害列島という汚名も受けた。
企業サイドとしては生産力をどんどん増強しようとするが、コストはできるだけ抑えたい。どうしても、公害対策は後手後手になってしまう。
それが、足尾銅山鉱毒事件に代表される公害反対運動につながっていった。足尾鉱毒事件では、衆議院議員という職を辞して天皇に直訴した田中正造翁の働きも空しく、政府に弾圧された。
そんな暗い歴史の中、日立銅鉱山で企業がみせた煙害問題への対応姿勢は、別子銅山と並んで出色である。
別子銅山では当時の住友総領事であった伊庭貞剛翁が精錬所を四阪島へ移し、荒れ廃れた別子の山々では大々的に植林をした。日立では日立製作所を創設した久原房之介が社運を賭して、当時世界で最も高い巨大煙突を建立した。
どちらも、企業として当時の技術水準では最善を尽している。ひたすら利益追求の論理に走る域を超えた、事業家としての器の大きさは歴史が評価するところである。
本書では、日立銅山の煙害に立ち向った青年を主人公としているが、企業側の心ある協力者の存在も大きい。ストーリーとしては重苦しいが、一気に読んでしまえる筆致となっている。