雇用システムが時代に合っていない
西 個人的には2016年の一つの大きなトピックとして電通社員の自殺という痛ましい事件が心の中に重く残っています。これまでにも同じように職場での何かしらのトラブルが原因で命を落とす方がいらっしゃったと思います。ただ、経済成長というなかで誰もがこういった事象について、気付かないフリや早く忘れようとしていたようにも思います。今回、大きくクローズアップされたのは、日本社会が自分たちの働き方について疑問を持ってきたという点が大きいと思いますが、投資家としてはどう捉えていますか?
草 未だ社会の仕組みが高度経済成長の時のままになっている部分が大きい。現役世代の生き方は多様化しているのに組織や制度は旧いまま。その一つが働き方にあるというのは、誰もが認めるところだと思う。今回の事件について、専門家ではないので詳細な言及は避けるけど、人として価値がないのだと精神的に追い込まれていったのかもしれないと思うと、社会を形成する一人の大人として責任を感じずにはいられない。
企業に投資する身として、企業に投資するかどうかの大事なポイントの一つは「将来にわたって成長できる可能性があるか」。成長できる可能性には様々なものがあると思うけど、企業が独創的な商品を考え、未開拓の市場に挑戦し、成長していく源泉はそこで働く社員そのもの。社員をないがしろにする経営者がいる企業には絶対に投資したくないね。
多くの企業を訪問するけど、社員が犠牲となる企業ではなく、社員が会社のために頑張りたいと思える企業には、風通しの良い企業風土と社員を大事にする企業文化があるように感じる。個人的には働き甲斐と生きがいをイコールにできる環境を作れる企業ほど強いと思っている。
西 それでも実際問題として、なかなか企業内のハラスメントはなくなりません。BtoCの企業で消費者の最前線に立つ現場ではしばしばモンスタークレイマーの存在が取り上げられるなど、職場でのハラスメントを外で発散する負の循環が起こっています。このようなハラスメントにより精神疾患となり、それが原因で働く能力があるのに働けない人がいるのに対して社会や企業はもっとやれることがないのでしょうか?
草 そもそも、日本社会としての心の余裕がなくなってきているのが一つの原因ではないかと感じる。その結果、自分より弱い他者に対してそれをはけ口とする。それが職場だったり、家庭だったり、お店だったりする。近年、日本では心の病を抱えている人が増えていて日本全国で300万人を超えている。技術や能力はあるのに既存の働き方では就職できない。目に見えにくいのでサポートする態勢がなく、受け入れる側の負担が大きいのが理由だけど、そういった方々にもう一度働く喜びを感じてもらうにはどうすればいいのか?このような社会的課題に対して、僕らも本気で考えないといけない。
この課題は、精神障害 を抱えた方だけの問題ではなく、日本の社会として働くことの意味や意義を改めて考える時代に来ていることを示唆していると思う。このような課題に挑戦する企業も出てきているけど、僕たち自身が大人の責任として今いる場所で働き方と生きがいについてもう少し考える必要を痛感している。