ニューロ(脳領域)事業のさらなる成長とベンチャー企業の成功の秘訣
テルモ株式会社(以下テルモ)の米国子会社マイクロベンション社(以下マイクロベンション)の「ワールドワイド・イノベーションセンター」と同社のベンチャービジネス拠点を2017年10月中旬に訪問しました。なぜカリフォルニア州でベンチャー企業が次々と成功しているのか?現地で再確認できた理由とあわせてご紹介します。
マイクロベンション社を訪問
テルモはニューロでさらなる成長を目指すために約11年前にマイクロベンションを買収しました。訪問した施設は昨年9月に稼働したばかりで主に研究開発と生産を意識したイノベーションセンターです。同施設はカリフォルニア州のオレンジ郡にありロサンゼルス国際空港から車で南に約一時間半程度に位置しています。イノベーションセンターは、地上4階・地下1階建で約2万平米の敷地です。訪問時の気候は湿気もなく、雲一つない晴天でとても過ごしやすい所でした。
同社は、主に脳動脈瘤の治療でカテーテル(細い管)を使ったコイルの製造・販売をしており、世界で18%程度のシェアを持っています。脳動脈瘤は脳内の血管壁の一部が弱体化されて風船のように膨らんでいく病気で、症状が進行するとこの風船が徐々にふくらみ、破裂して出血型脳梗塞を起こすリスクがあります。
脳動脈瘤治療法は主に二通りあります。医師が開頭手術で瘤をクリップで挟む外科治療と、足の動脈からカテーテルを挿入してレントゲンの画像を見ながら脳動脈瘤に到達させコイルを瘤に詰める内科治療があります。このコイルはプラチナでできており形状や長さによって数百種類もあります。この二通りの治療法を手術後1年と7年の死亡率で比較すると、内科であるコイル治療の方が低いということが統計的に実証されたと、2005年にLancetという医学研究雑誌で掲載されました。この論文を受けて米国ではコイル治療が急速に普及し、2004年に30%程度だった比率は、2016年では65%にのぼり主流となりました。一方、日本でのコイル治療は2004年から上昇したものの、未だ30~40%程度です。このように、短期間で根本的に治療方法の違うコイル治療が米国で普及した背景には、弁護士の力が強いからだと思われます。論文で有意でないと証明された治療法を患者に適用した場合、医師が起訴される実態があるからです。
同社の研究開発部門の魅力としては、新製品を開発するスピードが早い点です。要因としては、会社規模が比較的小さく、各部門が上手く調和されていることです。このスピードは同社の経営にも表れていて、例えば同社が2016年6月にシークエント社を買収するにあたっても他社より早く買収することができました。同社が買収したシークエント社は、主に脳動脈瘤にはまる「WEB」デバイスを開発しており、現在はヨーロッパで販売されており、米国でも臨床試験が順調に進んでいます。「WEB」デバイスの特徴は治療時間がコイルよりも短いことと、破裂している脳動脈瘤にも適しているところです。
今回訪問したイノベーション施設は、建築時にはR&Dのトップ自らが設計に係わって生産工程を考えた作りになっており、開発実験エリアやパイロット生産エリアもあります。シーメンスのX線透視装置を導入して医師が新製品のトレーニングを施設内で行えるようにもなっており、同施設ではテルモのペリフェラル(末梢血管)事業の研究開発も行って、また新規商品の開発としては、「Drug Coated Balloon」に取り組んでいます。「Kanshas」と呼ばれる動脈を治療するバルーンは他の競合製品よりも微小結晶の薬剤が塗布されており、バルーンを広げる際には目標とする血管に薬が速やかに届く仕組みとなっています。テルモのペリフェラル事業の研究開発施設を同社のイノベーションセンターに置くことで、双方の強みや技術を生かしてシナジーが生まれる構造になっています。シナジーの具体的な例として、テルモの強みである、ガイドワイヤーの技術が同社のニューロ製品の開発に役立っています。
マイクロベンションの今後の成長
同社の今後の期待は虚血系脳卒中製品市場への参入です。脳卒中のタイプは主に二通りあります。一つは動脈が血栓などで詰まるタイプの虚血系脳卒中で脳卒中全体の約8割の要因はこのタイプです。残りの2割は破裂型の脳卒中で、同社のコイルが対象にしている脳動脈瘤に対する治療はこのタイプになります。つまり同社にとっては、未開拓の脳血管治療市場が非常に広く残っているのです。
具体的には、世界中で虚血系脳卒中になる患者数は年間1500万人で市場規模も440億円のマーケットですが、近い将来には約1000億円の市場規模になる可能性があります。虚血系脳卒中の治療は、脳の血栓を溶かす薬(組織プラスミノーゲン活性化因子)を点滴しますがそれでも溶けない場合があります。その場合に、カテーテルを使った機械的血栓除去術を行います。この様に、テルモが得意とするカテーテルの技術の応用が活かされることがマイクロベンションにとっての今後の成長の鍵となります。
米国カリフォルニア州でメディカルベンチャーが成功している要因
スタンフォード大学では現地で医師をされている池野先生が、メディカルベンチャービジネスが米国で成功している環境を説明してくださいました。スタンフォード大学では新技術が次々と生み出されており、それを証明するように現在22名の存命のノーベル賞受賞者がおり、そのうち医学部出身は5名です。さらにはテクノロジー企業のグーグル、シスコシステムズやアップルもスタンフォード大学周辺に存在しています。
ベンチャー企業がカリフォルニア州で成功している理由は大きく三点あると思います。第一はニーズを発掘する文化があることです。ニーズを発掘し、それを解決するためにイノベーション(技術革新)が起きます。そのイノベーションが新たな価値を生み出し、新たなベンチャー企業や産業が生み出されます。日本では、技術部門が起点となって新製品を生み出すものの消費者には受け入れられないなどの失敗例が多々見られますが、米国では困っていることを解決することが起点となって新たな市場を生み出します。例えば、ウーバーの創業者のTravis Kalanick氏が2008年に雪降る夕方のパリでタクシーがつかまらないことに困り、アプリのボタンを押すだけで車を呼べるサービスを思い付いて開発し起業したことが良い例です。単純に企業が現状保有している技術を顧客にぶつけるのではなく、顧客が「困っている」ことを解決しなければただのガラクタで終わるとのことです。
成功している第二の理由は、世界中からイノベーションを起こすベンチャー企業を立ち上げたいと思う起業家とそのような企業で働きたいと思う従業員が集まってくる体制が作られているからだと考えられます。ベンチャー企業の経営者にとっては失敗して企業が倒産しても、資本市場(ベンチャーキャピタルなど)がまたチャンスをくれて次のベンチャーを立ち上げることを可能にする体制が整っています。もちろん、多くの経営者は、ベンチャー企業が成功した場合による金銭的な利益をねらって世界中から集まってきます。それは、最大の資本市場である米国だから成り立ちます。一方ベンチャー企業の従業員は、カルフォルニア州のベンチャー企業で働いている間には個人のスキルアップを達成できますし、会社の周辺にいくつかのベンチャー企業が存在しているので将来へのネットワークも作れます。次のステップを目指す従業員にとってもカリフォルニア州は魅力的な職場環境が整っているのです。
シリコンバレーが成功している第三の理由としては、チーム力が働いていることです。例えば、20世紀最大の発明家とも言われるトーマス・エジソンでさえ、実は1人の力ではなくMuckersと呼ばれる14名前後の共同技術者とチーム力を発揮しながら新製品を開発しました。エジソンは知名度があるので研究資金が調達できる仕組みになっており、そのような仕組みはテルモも参加するEMPファンドなどの現代のスキームにも活かされています。加えてチームの中では、メンバーの多様性が重要視され、ダイバーシティがあると画期的なアイデアが生まれる可能性が高まります。
私はどうしたら日本でもベンチャー企業が成長するかを考えました。そのために、まずはもっと積極的にベンチャー企業を目指す人材を作らなければなりません。例えば、日本での新卒は親のプレッシャーなどがあり「大企業で勤めることが最善」との観点があります。それは、大企業のブランド価値であり、職業の安定性が主な要因と思われます。しかし、ベンチャーが失敗しても再就職環境を整えるなり、大学からベンチャー企業で働く魅力を教えるなどでベンチャー企業の素晴らしさを学生に教える必要があると思います。そうしなければ、日本の製造業は今までの製品の改良を繰り返すだけで、画期的な製品の開発は米国においていかれますし、新興国にも負けてしまいかねません。
そして、若い人の意見をもっと尊重するべきです。現在のイノベーションはフェイスブックなどで代表されるように若い人のアイデアが主流になっています。若い人の意見をどんどん取り入れて昇格させないと新しいイノベーションを生む環境は整っていかないと思われます。特に日本の医療業界は年功序列が意識され年長者の教授の意見が強く、新技術が出てきても教授が慣れている旧治療法の方が正しいと思われがちでなかなか新しい技術が浸透しません。患者に最善の医療方針がいち早く伝わるには、米国のように起訴される脅威のように強いプレッシャーも必要ではないでしょうか。
こういった、ベンチャー企業に対する教育体制の変更から生まれるイメージアップや日本の社会的な構造の変化などにより成功する企業が増えれば、画期的な新製品が生まれ社会に貢献できる可能性があります。日本の精密機械業などの世界先端の製造技術を活かし、そのようなイノベーションが生まれればより画期的な製品開発の流れが生まれるでしょう。そうすれば少子化、高齢化が理由で成長期待の低い日本においても新たな力で活力を取り戻せるはずです。
【アナリスト 大岩 賢】