今年1月、英国政府は「孤独担当大臣」の職を新設し、トレイシー・クラウチ下院議員(保守党)を初代大臣に任命すると発表しました。聞きなれない名称とテリーザ・メイ首相の説明に、思わずテレビに見入ったのは私だけではないと思います。人口6,560万人の英国には孤独を感じている人が年齢を問わず約900万人いるとされ、さらに英国民保健サービス(NHS)によると、75歳以上の半数:約200万人が一人暮らしで、その多くは他人と全く関わることなく何日も、あるいは何週間も過ごすことがあるのだそうです。「孤独」という感情的な問題を真正面から取り上げる英国政府にとても驚きました。
「孤独」と経済
英国議会は昨年、国を挙げて孤独減少に取り組むため「ジョー・コックス孤独委員会」を発足させました。委員会の名称は2016年6月にEU離脱をめぐる国民投票の直前に極右の人間によって殺害されたコックス議員に因んでつけられました。孤独に苦しむ人たちを救おうと同委員会を立ち上げるべく奔走していた最中の出来事でした。
同委員会はAge UKや英国赤十字社など13の慈善事業団体と協力して、孤独を抱え支援を必要としている人々と対話する活動を行い、昨年の終わりにその活動から分かったことを声明文としてまとめ、孤独の解決策を模索するよう政府に要請しました。今回の新大臣職誕生にはこうした経緯があったのです。
同委員会は孤独問題に長い間取り組んできた前述の慈善事業団体や生活協同組合などの協力のもと、孤独が及ぼす影響を報告しています。「孤独は1日にたばこを15本吸うのと同じくらい健康に害を与える」、「孤独は年250億ポンド:約3兆8,000億円の負担を企業にもたらす」、「繋がりの無い社会は英国経済に年320億ポンド:約4兆9,000億円の負担を強いる」など具体的な数字が挙がっています。
因果関係
孤独はそれを抱える本人の健康を、そしてその人の周囲へと悪影響を及ぼします。
孤独と健康被害に詳しいシカゴ大学のジョン・カシオポ心理学博士は、2011年に「寂しさは高血圧、うつ病、免疫力低下、心臓発作、脳卒中などの発症リスクを高める」という調査結果を発表しました。その因果関係として、「寂しさは副腎皮質ホルモンの一種であるコルチゾールのレベルや血管抵抗を高め、それが高血圧につながる」ということや「寂しさが免疫機能を低下させ、ウィルス・細菌が体内に侵入しやすくなるが、逆に社会的な繋がりができると免疫機能は活発になる」ということなどを示しています。 また、周囲への影響については、「寂しさから脳は目に見えない社会的脅威に警戒感を強め、そして人は他人にネガティブな態度を取るようになる。逆に強い繋がりがあり、守られていると感じる人は安心して他人に接することができる」とあります。
日本の現状
厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が今年1月に発表した推計では、「65歳以上の高齢者の一人暮らし世帯は2015年の625万世帯(全世帯の約12%)から2040年には896万世帯(同約18%)と、約43%も増加する。」とのことです。10世帯をひとかたまりとして考えると、その内1~2世帯は高齢の単身であるということです。全体数をみると途方に暮れますが、ブレークダウンすればコミュニティーの中で孤独対策を展開できそうな気がします。
日本では2013年に厚生労働省が全国の自治体に「孤立死の防止対策等の取組事例の照会依頼」を行い、279事例の報告を取りまとめ、全国に発信しています。ある自治体が行っている活動を別の自治体の取組支援にしてもらおうという施策です。発信は見守りの「実施主体別類型」と「手法別類型」に分けて紹介しています。前者では見守りをする主体として地域住民による「協力員活用型」や新聞・ガス・水道などの「事業者との協定締結型」、地域で支え合いの輪を広げる「ネットワーク構築型」を、後者では「台帳・マップ作り活用型」、「機器等活用型」、配食やヤクルトなどの配達員による「副次的効果型」、困った時のホットラインや対応センターを設置する「総合相談窓口設置型」などがあります。日本の介護制度は骨格を国が作ってから徐々に自治体主動となり、高齢者を住み慣れた地域でいかに包括的に支援していくかという考えが中心になっています。
一人ひとりができること
人は年をとれば身体的な老いや大切な人との別れで失うものが増え、寂しさを感じることが多くなります。しかし、そうした思いはなかなか口にされません。世間の眼を気にしたり、プライドが邪魔をしたりするからです。将来自分がその立場になったら、すぐに寂しいとは言えなくても、まず素直に振舞う努力をしたいと思います。人と話をする時、片方の耳が聞こえづらければその旨を伝えて反対の耳を向け、重い荷物が届いた時は「手伝ってください」と運び入れをお願いしてみる。もちろん感謝の気持ちを伝えます。そうなるまではサポートする側の経験を多く積もうと思います。声をかけるのに勇気が要る、歩行補助をしてみて歩く速度の遅さに驚くなど色々な経験をしておけば将来サポートをしてくれる人の気持ちを汲める高齢者になれそうな気がします。
前出のコックス孤独委員会はこう言っています。「寂しさには会話が大事です。会話をするには相手への理解を深めることが大事です」と。できることから少しずつ積上げて、孤独が蔓延しない明るい社会に挑戦したいと思います。
【運用調査部 大澤 眞智子】