先般お亡くなりになった津本氏が日経新聞に、1986年2月から89年7月まで連載した歴史小説が「下天は夢か」である。それが織田信長ブームを巻き起こし、日本経済のバブル時代の象徴ともなったと、しばしばいわれる。
たしかに、本書の展開からは信長の生涯が、80年代後半のバブル経済と軌を一にしているかにも読めよう。歴史小説として輝かしい成功を収めたが、しかしだ。もともと織田信長には関心が深く、いろいろな書物を読み漁ってきた。それもあって、信長ファンとしてはどうにも物足りない。いつの日か別の作家が政治家としても秀れていた信長を、その業績とともに描き出してもらいたいと強く願う。
信長は世界に先がけて、政治に宗教を関与させない政教分離を果した。その過程で、比叡山門徒や一向宗・伊勢長島・大坂本願寺など宗教勢力との戦いは、長くし烈をきわめた。また、信長は経済を重視し、楽市楽座に代表される広域商業圏の育成と流通網の整備に力を入れた。その経済力で常備軍を養い、兵農分離を成し遂げた。出兵を農業の束縛から解き放したわけだ。他にも、世界最大規模の鉄砲保有、ナポレオンよりも200年以上も早く方面軍の設置、世界初の鉄甲船の建造など、数々の独創は信長ならではである。
いまの日本にこそ、信長のような時代を革新する先見性と実行力のある政治家が出てきてもらいたいものだ。