大同特殊鋼株式会社
知多工場(愛知県東海市)
特殊鋼とは、硬さや耐熱性など特殊な性質を持った鋼(はがね)。実は私たちの生活に欠かすことができない素材です。そんな特殊鋼一貫生産工場として世界最大級の大同特殊鋼株式会社の知多工場を見学してきました。
13:00 名鉄太田川駅集合
13:35 会社説明/事業説明
低コストで高品質品を鋳造できるのが同社の強み。電気炉で「溶かす」、連続鋳造で「固める」、分塊圧延で「鍛える」、製品圧延で「延ばす」工程を見学。地元局のテレビ番組でも放送されました。
14:20 知多工場内見学
安全ヘルメットと白衣、保護めがね、軍手、イヤホンを装着。
15:20 質疑応答
名前は知ってるけど、事業は知らなかった見学者が多数。でも、ツアー後は沢山の質問で盛り上がりました。
17:00 解散
品質を造り込む現場力を見にゆく
企業の“根っこ”が大事
私たちアナリストは当然ながら財務諸表や経営陣への取材を中心に企業価値を分析します。されど、売上高や利益率が上下する要因について、数字や所見だけでは分からない時も多いのです。そのような場合に工場見学で現場を観察すると、より明確に事由を突き止められることがあります。企業を草木に例えれば、市場は業績の“花”と株価の“実”だけに目を奪われがちです。しかし、私が重視するのは根っこのところ、土に埋もれ見えないところに企業の本質的価値がある、と考えています。企業は経営者だけでは活動できません。ましてや財務諸表は過去の結果に過ぎません。将来の企業価値を左右する、机からは見えないものが企業には沢山あるはずで、現場での創意工夫もその一つです。
今回訪問した、大同特殊鋼株式会社は世界最大級の特殊鋼専業メーカーです。同社を始め日本の特殊鋼メーカーは、エンジン部品の多種多様なニーズにきめ細かく対応してきました。その結果、日系自動車メーカーの競争力は高まり世界市場を席巻しています。他方で、近年は電動化による需要減少懸念や中韓メーカーの供給過剰などの問題が生じてきています。
強い工場は一日にして成らず
「垂直型丸断面連続鋳造機は、特殊鋼業界では世界に二つとありません。」工場長の鹿嶋さんは開口一番、胸を張りました。同社は1916年に我が国初の工業用電気炉を自社設計で製造してから創業100年。内製設備で固有技術を編み出し、生産能力を高めています。
特殊鋼の加工は、固定鋳型(インゴット)と連続鋳造の二通りあります。一昔前は、溶かした鋼はインゴットに鋳込むのが一般的でしたが、歩留が悪く生産性が低いのが課題でした。片や連続鋳造は、ところてんのように溶けた鋼を連続的に固めることができ、生産性が飛躍的に向上します。その反面、含有元素が部分的に偏って鋼が脆くなります。同社は長年の知識と経験で偏りを抑制して、1980年には国内の特殊鋼メーカーで初めて連続鋳造機を建設。成分偏析がより少ない垂直型も先駆けました。更に、連続鋳造機が普及してきた現在でも、同社の垂直型丸断面は世界でOnly Oneです。比類なき生産効率で高品質の特殊鋼を安定供給しています。
正直に言えば、知多工場の第一印象は全体が黒く煤けて古く見えました。大きくて整然とした海外メーカーの工場と比較すれば、見劣りするかもしれません。しかしながら、この工場には連続鋳造機の他にも、旋回して溶け残りを減らす溶解炉や短納期を可能にした圧延ラインなど、数多くの独自開発があります。皆、同社の先人たちが厳しいコスト競争を勝ち抜くために試行錯誤し、磨き込んできた設備です。まさに工場とは“工夫する場”なのです。
ものづくりは人づくり
コンピュータ制御された知多工場は、ボタン一つでラインが稼働し製造工程が一気通貫で完結しているように見えます。けれども、工程の組み合わせだけでなく、製品ごとに仕様や品質が異なる点に特殊鋼の奥深さがあります。顧客から同社への注文種類は1万5千以上。鋼種、鋼材の長さや幅、強度、表面処理など、同じラインで造り分けなければなりません。加えて、納期に合わせて必要な製造量と適切なタイミングを計るのはAIが進化しても難しいでしょう。原材料や溶解電極の質、気温など、ちょっとしたことで歩留や製品品質は大きく変わってしまいます。やはり、無駄やロスを減らす改善は現場の経験に勝るものはないのです。
その上、設備が良いからといって鉄鋼は必ずしも良い製品ができるとは限りません。同社製品が顧客からの信頼を維持している秘訣は、現場の人たちがITでは制御しきれない心組みや技能を日々鍛えているからに他なりません。「品質」「信頼」「お客さまとのすり合わせ」見学の中で何度も何度も繰り返された言葉です。品質へのこだわりが無意識のレベルまで落とし込まれているのを感じました。また、製品検査は磁気センサーを使った自動化が進んでいますが、最終的には全量、熟練作業者が目で見て判断しています。鋼を砥石で削って飛び散る青や赤の火花、その色や形でどんな材料が何%混合されているのか見極められるのです。そして“男性の職場“と思っていた製鋼所でしたが、女性作業員をちらほら見かけました。ものづくりにも新しい時代が来たようです。
「素人のアナリストが工場を見て何が分かるのか?」との意見もありますが、現場に来てこそ企業への理解が深まることもあるのです。
日本製造業の再評価
「ものすごい音がしますよ。」電気炉の前で案内役の技術室長迫間さんは含み笑いをしました。ほどなくけたたましいサイレンが鳴り響き、普通車200台分の鉄スクラップ150トンが電気炉に落下。すると、青白い閃光が瞬き赤い火柱と耳をつんざく爆音、更に白い煙がモウモウと立ち上がり、見学者全員息をのみました。それから見学室のドアを少し開けると、鉄が溶ける熱や油の匂いが混然と流れ込み、作業者の息づかいまで聞こえてくるようでした。
鉄鋼業に限らず、日本の製造業は海外メーカーの安価な輸出に長らく脅かされています。ところが、顧客メーカーも中韓製を採用してはみたものの、合金元素を混ぜただけの“名ばかり特殊鋼”や見本と実物が違うことが増えているようです。これに対して、大同特殊鋼の利益率は近年じわじわ上がってきています。それは、しっかりと品質を造り込む現場力が見直されてきたからではないでしょうか。そして、航空機や半導体、モーター磁石など自動車以外の特殊鋼用途も拡大しています。知多工場の轟音と熱風が日本のものづくりが再び芽吹き始めたことを告げる“春雷”のように思われたツアーでした。
【アナリスト 村上 康弘】
参加者様の声
●消費者から直接目に見える会社ではないと思いますが、大変重要な仕事をしていると思いました。これからもよろしくお願いいたします。
●日本のものづくりを支える会社としての技術力がよく分かりました。鉄鋼というと高炉メーカーがついつい浮かんできますが、大同特殊鋼さんが大きな貢献をされているのがよく分かりました。
●安全管理、品質管理がしっかり行われていると感じた。必要なところには、システムや機械設備への投資がしっかり行われている。
●産業基盤を支える鉄、特殊鋼を生産される大同さんの特徴、強みが良く分かったと思います。ありがとうございました。
●広い敷地、電気炉等スケールの大きさを感じました。「ものづくりの地」、中京の地の利を生かしつつ、またこの地になければならない会社だと感じました。素材メーカーのイメージ(もっと小さい会社と思っていた)が変わりました。
●大同特殊鋼さんの企業活動や知多工場の製造工程について、くわしく見学、解説いただき、大変有意義な企業訪問ツアーでした。百聞は一見にしかずで「生」で工場を見られてよかったです。
●電気炉は圧巻でした。鋳造も間近に見れてとても勉強になった。非日常の現場を体感することができ、すばらしい見学会でした。
●今回参加することで「自分のおカネがこういう会社を応援するために使われている」ということを実感できてよかったと思う。
ツアー事務局後記/直販部 大野
「ご安全に」という挨拶から始まった今回の工場見学。鉄スクラップの溶解で、鉄スクラップを電気炉に入れ、電極を入れた後の爆音と炎、これは圧巻で、「ご安全に」という挨拶に納得しました。実は原料の鉄スクラップなど約9割がリサイクル品。また、工場の天井を這う巨大なダクト。この集じんシステムで操業中に発生する粉じんを確実に除去しているとのこと。環境保全にも配慮されていることも改めて認識させていただきました。そして特に印象に残ったのは、働いている方の話しぶりや表情から感じる誠実さや真摯さです。日ごろ使っている商品には必要な素材があり、このような企業があり、そこで一所懸命働く方がいるからその素材ができるということを改めて認識した1日でした。大同特殊鋼株式会社の皆さま、見せにくいところもあったとは思いますが、いろいろとご配慮いただき誠にありがとうございました。企業訪問ツアーは弊社の人気企画であり、それゆえ残念ながら応募者のうち一部の方しか参加できません。数多くのファンド仲間の皆さまにも、是非体感いただきたいので、またよろしくお願いいたします。