◆経済政策の新時代到来
米国大統領選は上院・下院とも民主党が過半数を獲得するブルーウェーブが実現し、総額1.9兆ドルの大規模な追加景気対策が現実味をおびてきました。とは言え、過半数を獲得した上院の議席数は51議席と僅差での勝利でした。そのためフィリバスターを回避できる財政調整措置を用いない限りは、州・地方政府への援助やヘルスケアへの支出は共和党が反対する可能性も高く、可決に必要な上院60議席の獲得は難しいかもしれません。
現金給付金の上乗せや週次失業保険金額の増額および延長など、合計1.9兆ドルのうちおよそ半分近くが個人へ直接支払われる対策案となり、これらが実現する可能性は十分にあるかと思います。これは米国GDPのおよそ5%に相当し、個人消費の拡大につながるでしょう。
連邦政府債務は第2次世界大戦直後を超えて過去最悪となり、中期的にはインフレや長期金利上昇をリスクとして想定しておくべき規模であると言えます。そしてFRBはインフレ目標を2.0%から2.5%へ引き上げることを容認し、失業率の改善を最大目標としました。つまりFRBが最大の雇用主になると宣言したわけです。まさにこれまでその賛否を議論されてきたMMTがパンデミックによって現実のものとなってきました。
◆MMT
現代貨幣理論、英語ではModern Money Theoryとなり、略してMMTと呼ばれています。これは経済における理論のひとつであり、簡単に言うと、ある条件下では政府はいくら借金しても良いという経済理論です。
1990年に金融引き締めによりバブルを崩壊させ、先進国ではじめてデフレ経済に突入させたかつての日本では考えられない理論です。この理論について簡単に解説したいと思います。私は経済学の専門家ではないので、参考程度にご覧いただけると幸いです。
◆第一の呪縛「金本位制」
この理論で重要な点は貨幣、つまりお金について理解することです。かつては金本位制の時代であり、ドル紙幣の価値は金に紐づけられていました。そうでもしない限り庶民が紙幣を信用しなかったからです。当たり前ですが紙の原価はたかが知れています。実物資産としての価値は1万円札よりも100 円玉の方が高いのですから。つまり“貨幣”と“信用”は切り離せない関係にあります。
しかしながら金の量には限界があります。対して経済は、人口が増え、技術革新によって生産性も格段に上がる中でどんどんと大きくなっていきます。お金の量もそれに合わせて増やす必要があります。お金は経済の血液と言われるように、人間に例えるならば、身体が大きくなるなら、合わせて血液の量が増えないといけません。そうでないと貧血になります。つまり、金本位制の下で紙幣が金に紐づけられている限り、貧血にならないために一刻も早く金鉱脈を発見する必要があります。幸いにも米国では経済発展のさなかにカリフォルニアで金山が発見されたために、大きな制約とはなりませんでした。しかしいずれは経済の拡大に対して金の総量が足りずに貧血、つまりデフレになってしまいます。
ケインズは1929年に発生した大恐慌に対する解決策として、利子率の切り下げ(金融政策)と社会インフラへの投資(財政政策)を行うためにより多くの紙幣を供給することを提言しました。これがケインズの大きな功績でした。そして1930年代以降、世界は金本位制から徐々に脱していき、お金の総量は金というリミッターから解除されました。
◆第二の呪縛「均衡財政」
金本位制の縛りから脱した後も、世界政府は均衡財政という考え方に囚われてきました。つまり、政府の歳入と歳出はバランスが取れていないといけないという発想です。あるいはGDPに対する政府債務を一定水準以下に抑制するなどもそうです。
これの弊害は、歳入が増えないと社会福祉などの政策ができにくくなるという点です。だから「紙幣の“信用”の拠り所を均衡財政に求めることは本当に正しいのか?」という議論のもとに出てきたのがMMTです。つまりMMTはお金の総量を「均衡財政から解放せよ」と言っています。
そのMMTで問題になるのはインフレです。これは莫大な量の通貨発行が価値の毀損、つまり通貨安の原因となり、インフレをもたらすからです。ゆえにMMTを実施しても良い国とそうでない国があります。国際的に信用力のある国や外貨を稼ぐ力のある企業に支えられている国では基本的に問題はないと言えます。MMT自体は善でも悪でもなく、現在のFRBの政策で言えば平均インフレ率2.0%までならば問題ないということです。
◆MMT後の世界は?
金本位制と均衡財政という呪縛から解き放たれた経済は、我々にとって過去に経験のない世界になっていきます。大規模な金融政策や財政政策が今後どのような副作用を経済にもたらすのでしょうか?
お金をばら撒いたからといって、これだけ生産性の向上した世界において安直に想定以上のインフレが起こるとは言い切れません。しかしながら世界はあまりにも最適化されすぎているのも事実です。半導体の不足や海運物流におけるコンテナ不足などはその一例であり、局所的なインフレは十分に懸念すべきです。
今後を正確に予測することなど誰にも不可能です。そのためお金の置き所には十分に気を付ける必要があります。これまでに様々な要因によるインフレが発生しましたが、その都度、技術革新がその問題を解決してきました。そのような課題を解決できる企業への投資が長期的な価値保全としてひとつの答えとなるのでしょう。
【ファンドマネージャー 坂本 琢磨】