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ロシアのウクライナ侵攻は、5月初旬の時点で終結への道筋すら立っていません。日米欧の制裁とロシアの報復により、石油、天然ガス、金属、食糧、肥料などの価格は高騰し、世界中の人々の生活を直撃しています。世界は不確実であることを改めて私たちは認識させられていますが、本稿では不確実性下における企業と投資家の生き残り策について論じたいと思います。

専門知識のパラドックス

ロシアがウクライナに侵攻する直前まで、全面侵攻の可能性はとても低いというのが専門家の共通認識でした。なぜなら、侵攻で得る領土よりも、経済制裁などでロシアが失うものの方が大きいと考えられていたからです。しかし、現実には逆の事態が起こったうえ、長くても数週間で終わると予想されていた戦争は、ウクライナ軍の必死の善戦で2か月以上も続いています。
筆者は、このように専門知識を増やすほど、重大な出来事が起きる可能性を過小評価してしまうことを「専門知識のパラドックス」と呼んでいます。投資の世界でも自動車の専門知識があるほど、電気自動車の新興企業の技術の粗さが目に付いてしまい、その成長ポテンシャルを過小評価することになりました。他にも実に多くの事例が最初期において過小評価されています。
逆もまた然りです。アメリカがコロナ禍の金融緩和政策を進めていた当時、数多くのハイテク企業を組み入れていたファンドは飛ぶ鳥を落とす勢いで上昇し、メディアの注目を集めました。しかし、金融政策が緩和から引き締めに転換したことでそのファンドは大きくパフォーマンスを落とし、今では逆の意味でメディアの注目を集めています。ハイテク企業を理解できる専門知識と、ハイテク企業の投資で利益を得るための知識は、同じものではないようです。

ダントツの哲学と
専門知識を創造せよ

ただし、筆者は専門知識の重要性を否定するつもりはありません。現代においてダントツの強みを創造するには、高度に専門化された知識体系は不可欠です。むしろ危惧しているのは、独自の専門性とダントツの強みに不可欠である、唯一無二の経営哲学を掲げる企業が減っていることです。独自性を失って迷走している企業ほど、聞こえは良くとも誰でも言える綺麗ごとを掲げているように思います。
例えば、最近は環境対応の圧力に押されてカーボンニュートラル目標を掲げる企業が増えています。しかしダントツの強みに結び付かないカーボンニュートラルでは、売上にも利益にも結び付くことは無く、ゆえに生き残れる保証はありません。倫理面から考えても、他所がやるからウチもやる、という姿勢は先見性とも勇気とも結びつきません。
また企業経営に進化論を持ち出した「強い者ではなく変化できる者が生き残る」という文言をよく見ます。残念ながら変化したからといって勝ち残れるとは限りませんし、生物進化の理解としても間違っています。進化論とはランダムな獲得形質(体の特徴)のうち、特定の環境下で生き残る確率の高いものが子孫に受け継がれるというものであり、環境に合わせて生物が変化するというものではありません。シーラカンスは太古からほとんど変化していませんが、深海という過酷でもライバルの少ない環境で、ずっと生き残っています。
つまり不確実な世界では、他社が真似できない哲学と専門能力を備えることが重要と言えそうです。

投資家は赤ん坊であれ

専門知識は創造には不可欠ですが、予測の役に立つことはまれです。投資自体は創造的活動ではないため、産業や金融の知識を増やすだけでは、世界の激動で生き残れない可能性が高いです。しかし歴史を紐解けば、激動の時代を糧にした投資家は存在します。
ロスチャイルド家はフランス革命からナポレオン戦争までの動乱期に、欧州各国に資産と兄弟を分散しました。長兄のネイサンはワーテルローの戦いにおいて、“ネイサンの逆張り”と後に呼ばれた投機で莫大な富を築きました。不確実な状況では、普段はリスクを避けて保守的である一方で、滅多に来ないチャンスに備えること、チャンス到来時にはそれを嗅ぎ分ける嗅覚と大胆なリスクテイクが極めて重要です。
そしてその嗅覚を養うには専門領域など持たず、何にでも好奇心を持つべきです。この姿勢は生まれ落ちた世界に適応しようとする赤ん坊と同じで、その姿勢こそ激動の世界に私たちが押し潰されないために不可欠な資質と言えるでしょう。

【アナリスト 加地 健太郎】

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