赤の女王仮説
この仮説は、小説「鏡の国のアリス」に登場する赤の女王がアリスに発した「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という台詞が名前の由来であり、共進化を説明するために使われている。例えばキツネがウサギを捕食しようとする。ウサギは当然、必死に逃げる。キツネは餓死しないために足を速くする。ウサギも絶滅しないためにさらに足を速くする。キツネも負けじと足を速くする。その結果として共進化し、お互いに足が速くなる。ビジネスの世界においても日本の電気製品を見れば、切磋琢磨がお互いを高め合い競争力を保持してきたことが分かる。
しかしこの理論には問題もある。先の例では、キツネとウサギが「いかに相手より速く走るか」だけが両者の目的になり、他が見えなくなっている。両者のみが競っていたときには問題なかったが、突然タカが襲ってくるとどうなるだろうか?
キツネもウサギも捕食されてしまうという結果になる。日本の製品でみれば、ガラケーやデジカメにおいて国内ライバル同士で切磋琢磨し非常に優れた性能まで発展させていたが、突然現れたスマートフォンに食べられてしまったということになる。企業は、過去の成功例に囚われ、過去と同様に切磋琢磨することに力を注ぎがちである。それは当然重要であるが、環境が一変すると全く太刀打ちできなくなる。
両利きの経営
対応策として“ 両利きの経営”という考え方がある。右手で既存の事業を深掘りしつつ、左手で新分野を“ 探索” するのである。言うは易しだが、実際は既存の事業の利益を、いつ芽が出るか分からない事業に振り向けるわけであるから、社内では揉め事の種になり、途中で頓挫することもしばしばである。それでも推進するためには、一つは経営者がこれまでの競争とは異なる概念の“ 独自のビジョン”をつくり社員に浸透させることが必要となる。もう一つが、DX 化(人工知能・ビッグデータ等の活用)である。DX は過去に行った同様の事例に対して、素早く正確に行う仕事が得意である。DX により人の仕事が奪われるという見方もあるが…逆に、人はそのような単純作業から解放され、新分野の“ 探索” に時間を割くことができるとも言える。
まだ見ぬビジョンに力を注ぐ
この仮説は投資の世界ではどうなるだろうか? 世間一般的なファンドのアナリスト業務は、企業の財務諸表を調べ、製品の競争力を比較し、最新のニュース等を集め分析することである。人より早く情報を得ようと業界内で切磋琢磨してきた。しかし最近では情報の収集作業は昔に比べて格段に楽になった。これまでと同じような仕事をしている者はDX に置き換わってしまうであろう。また、あるべき姿“ ビジョン” を示せない投資会社も淘汰されるにちがいない。
言い換えればDX 化により、上記のような単純な仕事は機械に任せ、人は機械が真似できない知の“ 探索” に時間を割くことができる。弊社の場合、「世の中を面白くする」という“ ビジョン” があり、これまで以上に力をそこに注ぐことができる。ニュースでは見えない企業の本質や将来像を見極め、面白い世の中を想像し、そしてファンド仲間の皆さまと一緒に未来の社会を創造するというようなことは、人にしかできない。…(追憶)果たしてアリスは、空を飛ぶことを考えたであろうか。
【アナリスト 田中 和則】