2022年11月、米国のOpenAIというベンチャー企業から対話型の生成AI「ChatGPT」がリリースされ、米国だけではなく日本も含め世界的なブームとなっている。実際にChatGPTを使用してみると、質問に対し専門家が回答をしているのではないかと思うほどに自然な会話が返ってくる。
なぜこのようなことができるようになったのか? この言語モデルの基礎になっているのは、2017年のGoogleの機械翻訳の研究から生まれたトランスフォーマーというモデルとディープラーニングがその中心にある。トランスフォーマーは、自然言語をAIが扱いやすいデータに翻訳し、そのデータを他の自然言語に翻訳しているのである。翻訳するためには複数の言語を覚える必要があるが、そこは事前学習と必要最小限の調整で対応している。事前に膨大な量の文書を読み込ませることでAIに言語を覚えさせ、その後に専門知識を覚えさせるのである。要は大規模な翻訳機のような構造になっており、質問をAIの扱い易いデータに翻訳し、そのデータを回答に翻訳しているのである。
演繹法と帰納法
しかし、この仕組みでは回答の根拠に疑問が残る。私たちは生活や仕事の様々な場面で推論を行っており、その方法には主に演繹法と帰納法の2種類がある。演繹法は一般的な前提を個別の事例や結論に当てはめる推論の方法であり、トップダウンで結論を導く思考法である。例で説明すると「生物はいつか死ぬ」、「ネコは生物である」、「ネコはいつか死ぬ」という論法である。他方、帰納法は個別の事例から一般的な結論を導く推論であり、ボトムアップで結論を導く思考法である。例で説明すると「Aさんの家のネコが死んだ」、「Bさんの家のネコも死んだ」、「ネコはいつか死ぬ」という論法である。ChatGPTは事前学習でインターネット上の膨大な量の文書を読み込んでいるため帰納法に近いものにはなりえるが、中身は次の文書の予測(確率)になり、推論としては頼りない。
長期投資の推論
さわかみの長期投資の推は帰納法を用いつつも演繹法を中心に論を詰めていく。こうなって欲しい豊かな未来を描き、その方向に向かって推論を多面的に多角的に長期的に構築する。単なる方法論の違いだけではなく、本質的な違いはその推論の過程の価値にある。仮にAIと同じ結論に至ることになろうとも、未来を読み込み、不確実性を織り込み、重要なものだけを残していく推論の過程は一切無駄にならない。なぜならその過程は人に知識と経験を与えるからである。それを強さと呼んでも良いだろう。さらに、長期投資においてはその強さと企業を応援したいという極めて人間的な感情を持ち出して行動していくのである。行動のための推論は人にしかできない。
推論を楽しもう
スマホが普及し私たちの生活が便利になったことは誰しもが思うところであるが、その一方でモノを考える頻度が減り、気付かない間にその重要性が失われていくのではないかと危惧している。現在の社会で必要なのは多くを知ることでも早く知ることでもない。それらは機械に任せ、人は推論し行動することを再度取り戻した方が良いのではないかと考える。また、その楽しさを伝えることも長期投資の役目ではなかろうかと筆者は考える。
【トレーダー 新野 栄一】