2023年10月初め、運用調査部の海外調査の第二弾として、オーストラリアに出張をしました。訪問の目的は、同国におけるエネルギー事業への取り組み、特に水素とLNGの活用に着目し、日本企業とオーストラリア企業がどのように連携しているかを視察することでした。視察レポートについては、新野より水素産業、シャルルよりLNG事業を後述しますが、私(村瀬)からは、豪州におけるグリーン政策の現状について、ご紹介いたします。
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オーストラリア調査編
運用調査部 アナリスト 村瀬 翔
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豪州の動き
オーストラリアは、鉄鉱石、石炭、天然ガスなどの世界有数の生産地として知られており、そのほとんどがこれら豊富な資源を活かした輸出品目となっています。しかし、昨今は脱炭素化を目指した政策が各国で始動し始め、将来的には石炭をはじめとした化石燃料の需要が減少することが予想されています。そのような中で、オーストラリアは2021年に連邦政府全体の温室効果ガスの削減目標として、2050年までにネットゼロエミッション達成を打ち出し、2022年5月の政権交代後は2030年までに2005年比で43%削減を掲げるなど、積極的なグリーン政策を推進しています。私たちが訪問したAGL炭鉱の近隣の褐炭を利用した火力発電所は、2030年代後半に閉鎖を予定しているなど、脱炭素化へのシフトを体感しました。
水素戦略
オーストラリアが脱炭素化を目指す中で、特に重視しているのが水素産業です。2019年に発表された「国家水素戦略」では、2030年までに同国がクリーンで価格競争力のある安全な水素産業を創出し、特にアジア市場向けとして新たな輸出産業とすることが目標として掲げられました。同国が水素産業を重視する背景には、GDPに年間260億豪ドル貢献することや、2050年までに約1万7千人の雇用を創出することが試算され、経済・雇用において次世代を担う産業として大きな期待をされている点があります。水素関連のプロジェクトには、政府や各州からの助成金による支援もされており、必要な資格を持つ日本企業のオーストラリア法人もこれを利用し、多数の日本企業がオーストラリアにおける水素事業を推進しています。
所感
特に印象的だったのは、①エネルギーシフトに向け、既存のエネルギー産業の人材や技術を活かして取り組んでいること、②CO2を排出しないグリーン水素の補助金を維持する一方で、化石燃料からCO2の回収・貯留技術(CCS)を用いて製造するブルー水素の補助金を削減したことでした。水素を新たな産業として定着させたいという政府の意思がありながらも、雇用維持や補助金の規律など現実面と折り合いをつけている様子が伺えました。このような、雇用・財政とエネルギーシフトの狭間で動くオーストラリア政府の今後の政策を、注目して見ていきたいと思います。
さらに、オーストラリアが水素産業を定着させることは、私たちにとっても無関係ではありません。個別に関わる日本企業はもちろん、低コストで安定供給可能な水素を入手できることは、日本にとって非常に魅力的です。また、オーストラリアという地域の特性から地政学リスクが相対的に小さいことも大きなメリットとなります。
オーストラリアの水素産業は、日本のエネルギー安全保障の前提をも変える可能性があると期待しています。
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水素サプライチェーン調査編
運用調査部 トレーダー兼アナリスト 新野 栄一
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世界の多くの国が2050年から2070年にかけてのカーボンニュートラルを宣言しており、これまでの化石燃料中心の社会から再生可能エネルギーを中心とした社会への変化が起きています。
日本も2050年のカーボンニュートラルを目標に掲げ、それに向けて2030年の電源構成では化石燃料の削減、再生可能エネルギーの拡大、そして構成割合は1%ではありますが水素・アンモニアの利用を計画しています。
水素をエネルギーとして利用するには安価かつ大量に製造する必要があります。その水素はどのように製造し、そしてどのように運ぶのでしょうか? 私たちは今回その具体的な解決策である日豪間の水素サプライチェーンを見学してきました。
褐炭から水素を製造
ビクトリア州ラトロブバレーはメルボルンから東に約150Kmの地点に位置します。そこではオーストラリアの電力会社がラトロブバレーの炭鉱から採掘した褐炭を燃料にして火力発電を行っていました。炭鉱全体は一周14Kmの広大な採掘場で、深さは地上から160mまで採掘していました。 (図1参照)
褐炭は石炭の一種ではありますが、水分と不純物が多く含まれており利用が難しく、価格も石炭の1/10となっています。また燃焼においては環境への負荷が大きいため、今後の利用が避けられる状況にあります。需要が先細る褐炭ではありますが、ビクトリア州には日本の総発電量の240年分に相当するエネルギーを持つ褐炭が眠っているため活用次第では貴重な資源になります。
その褐炭に目を付けたのは日本企業です。褐炭を高温でガス化させvそのガスから水素を抽出する実証プラントを設置し、褐炭のガスから高純度(99.999%)の水素を抽出する技術的な実証が行われていました。(図2参照)
水素の液化
ヘイスティングスは上述のラトロブバレーから西に約150kmの距離に位置し、メルボルンからはほぼ南に位置します。
そこでは川崎重工業の水素の液化施設(図3参照)と液体水素の積出港を見学してきました。ラトロブバレーで製造した水素ガスを陸上輸送で運び入れ、液化設備で水素ガスから液体水素にします。水素の液体化にはマイナス253℃まで冷却する必要があり、同社の設備ではまず初めに液体窒素で水素をマイナス196℃まで冷却し、次にコンプレッサーを使って冷却する方法を採用していました。
液体水素にすることで、体積は1/800まで圧縮され運搬効率の向上と貯蔵量の増加が可能となります。液化した水素は、世界初の液化水素海上輸送船「すいそふろんてぃあ」へ積み出され神戸へと向かいます。
2030年に向けて
日本とオーストラリアの国をまたいだ壮大な水素サプライチェーンを見学することができました。日本企業の技術力の高さと活躍に驚きました。その中で印象的だったのは、説明してくれた方が“日系企業はかつて、技術で勝って、ビジネスで負けた”と悔しさをにじませて話されていたことです。これから起きる水素社会に向けて日本企業が過去の経験を活かし、自社の技術を磨くだけではなく、国内外で協力体制を作る新たなビジネスに期待したいです!
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LNG調査編
運用調査部 アナリスト シャルル サルヴァン
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イクシス・プロジェクトの背景
2006年以来、INPEXの重要な株主であるさわかみファンドは、ダーウィンにあるイクシス液化天然ガス(LNG)プラントを訪れる招待を受けました。東京から20時間以上の旅を経て、メルボルンでの乗り換えを経て、ついにダーウィンに到着しました。オーストラリアの地図に載っているため、ダーウィンは大きな都市と思われがちですが、実は人口約10万人の比較的小さな街で、周囲数千キロにわたって砂漠に囲まれています。この遠隔地の街では、INPEXが主要な雇用主であり、地域の人々に広く知られています。イクシスLNGはINPEXにとって重要な資産であり、天然ガス生産の70%以上がイクシス・プロジェクトから来ています。日本のエネルギー全体を見ると、天然ガスは重要な役割を果たしており、エネルギー消費の20%以上を占め、発電の30%以上を担っています。これは、LNGが我が国のエネルギー戦略における戦略的な重要性を浮き彫りにし、イクシス・プロジェクトの重要性を強調しています。
LNG: ティモール海から日本の家庭へ
890キロメートルのパイプラインを経て、ガスはプラントの液化ユニットに到達し、そこでプロセスの核心部分が展開されます。ここで、天然ガスはマイナス162℃に超冷却され、液化天然ガスに変換されます。この重要な段階は、ガスを冷却するだけでなく、低温で固まる可能性のある物質、例えば水、二酸化炭素、硫化水素、その他の硫黄化合物などを取り除き、インフラへのブロックや損傷を防ぎます。さらに、ブタンやプロパンなどの貴重な炭化水素も抽出され、液化石油ガス(LPG)として販売されます。浄化され液化されたガスは、低温を維持するために大型の断熱タンクに保存されます。そして、最終的にはLNG運搬船に慎重にポンプで送り込まれ、日本を主な目的地とする国際市場へと出荷されます。実際に、INPEXの顧客には、東京ガスや大阪ガスなどの主要な日本の公益事業者が含まれています。数十年にわたる長期契約により、日本のサプライチェーンへの安定したガス供給が保証され、日本のエネルギー安全保障に大きく貢献しています。イクシスからのLNGはいずれにせよ、日本の沿岸に位置するターミナルに配送されます。最近のウクライナでの出来事は、日本にとってこのような信頼性の高く安全なエネルギー源の重要性を際立たせています。
結論
今回のイクシスLNGプラントへの訪問により、生産能力を増加させるための課題が見えてきました。一般的に、投資を増やせば生産量が増加すると単純に考えてしまいます。しかし、INPEXのエンジニアからの説明によると、生産量を増やすことは投資額の問題だけではなく、それぞれのプラントやその鉱区の独自の技術的な課題があるためそれも解決しなければ生産量の増加につながらないことを強調していました。これらの課題は財務報告書だけでは見えにくいものの、設備の生産能力を理解する上では大変重要です。また、現在のパイプラインや陸上施設は、将来的に拡張できるように設計されており、今後30年間の有用性が期待できることも分かりました。イクシスからのガスの生産と販売に関する将来の予測を行う際に、この知見は大いに役立つと考えています。