多様性にまつわる疑問
現在、日本の社会も企業も人材について転換期を迎えており、多様性というキーワードを掲げる企業が見受けられる。多様性はともすると平等という視点や働き易さと言う視点、人材確保というメリットで語られがちである。そこで多様性とは何か、そしてなぜそれが企業の強みになるのかという疑問について私の理解が進んだので共有したい。
テンプル・グランディン
理解のきっかけは、米国動物学博士テンプル・グランディンの「ビジュアルシンカー(視覚思考者)の脳」という本である。本の中で、視覚思考者はモノづくりやリスクの認識に長けているが、現在の米国の言語思考中心の教育課程ではふるい落とされ、その能力を社会で発揮できていないと主張している。著者自身も自閉スペクトラム症の当事者かつ視覚思考者であり、経験に基づいた視覚思考の特徴と強みについて説明している。
視覚思考者とは
脳の思考方法には大きく2パターンあり言語思考者と視覚思考者がいる。さらに視覚思考者の中には絵でものを考える物理視覚思考者とパターンや抽象的な概念でものを考える空間視覚思考者がいる。その区分はどちらかにはっきり分かれているものではなく、大方の人は言語思考と視覚思考の両方を組み合わせており、その強弱の程度に幅がある。また、面白いことに視覚思考とは体感的なものではなく、神戸大学の西村和雄教授らの研究によると、脳磁図を用いて視覚思考者の脳を調べると、思考と視覚野の活性化が強い相関となって確認されたと、同書で紹介されている。実際に脳で絵を思い浮かべてそれを見ながら考えているのだろう。またそれぞれの特徴として、言語思考者は一般的な概念を理解することが得意で、物事を順序立てて理解し、視覚思考者はイメージを見ながら、高速で連想して考えている。
IKEAの例
この視覚思考が企業の強みになる例がある。IKEAをご存知だろうか?1943年に北欧のスウェーデンで創業し、現在世界62の国・地域に店舗を持つ世界最大級の家具販売店である。IKEAはお客が家具を家で組み立てることで、物流の効率化と低コストを実現した企業である。
その家具の組立説明書は一連のイラストで示されており言葉では書かれていないのである。創業者のイングヴァルは言葉より絵を優先する視覚思考者であったと知れば、なるほどと思うだろう。
さらに、注意深くIKEAの店舗を観察すると、売り場はお客が自分の部屋をありありとイメージできるディスプレイとなっている。さらに、物流も絵で考えて効率的かつ低コストの方法に辿り着いたのだろう。その他にも至る所に視覚思考のアイディアが詰まっている。他社が真似できないわけだ。
多様性は合理的である
私が多様性を理解した点は、そもそも他の人がみな自分と同じ方法で考えているわけではないということである。多様性を強みにするということは、各々の特性を理解し、その能力を活かすことであり、そこには必ず合理性が存在するということである。さらに、多様性を取り入れて活かしている企業は、いずれそれが企業文化となることで提供する商品やサービスにまで感じられ、顧客や従業員、投資家に支持されていく。このように多様性を文化とする企業は将来にわたって残したい企業として注目する価値があると考える。
【運用調査部 トレーダー兼アナリスト 新野 栄一】