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投資と心理学に共通する要素、「曖昧性」。
心理学者の櫃割 仁平(ひつわり じんぺい)さんと共に、
その可能性と面白さを探究していきます。


 

さわかみ投信にジョインしてから4ヶ月目になりました。先日はファンド仲間の皆さまにもご協力いただき、研究顧問としてはじめての調査を行いました。こちらの結果については、現在鋭意分析中ですので、近い将来、皆さまにも共有します。楽しみにしていてください。

芸術の研究は世の中の役に立たない?

さて、前回の記事では、心理学者がさわかみ投信にジョインした経緯について書かせていただきました。今回はもう少し自分の研究の話を書かせていただければと思います。

私は心理学や脳神経科学の手法を用いて「美しい」という感情や芸術鑑賞中の認知について研究をしています。自分でもそう思ってしまうことがありますが、このような研究は一見世の中の役には立たないような印象を受けます。この研究が止まったとて、明日困る人がいないというのも事実でしょう。しかし、私はこのテーマを研究する意義があるとも思っています。それは、美や芸術の文脈に立つと、人は独特の心理を持ちうるからです。例えば、普段の生活において、悲しい出来事は起こらない方がいいと思っている一方で、私たちは悲しいことが起こることがほぼ分かっているストーリーの映画を見ようとします。

このコラムでテーマにしている「曖昧さ」も同様です。上司とのコミュニケーション、論文や成果の発信など曖昧さを避けるべき状況がほとんどですが、一方で、言葉による説明を極端に省略した世界最短の詩である俳句や世界中に熱狂的ファンのいる村上春樹氏の世界など、曖昧なものを求めてしまうのが芸術の文脈です。

▲ 第28 回国際経験美学学会での発表の様子。
「俳句の曖昧性と評価者の熟達度」に関する発表をしました。
 

俳句創作体験が人の態度・行動を変える?

この独特の分野が研究されることで、より豊かな社会に近づくと思っています。何も、世界をすべてアートで埋めようと言っているわけではありません。この美と芸術文脈の体験が日常生活にも引き継がれることがあるのではないかと考えているのです。

1つ自分の研究論文を紹介させてください。コロナ禍で行った Zoom実験の研究です (Hitsuwari &Nomura, 2023)。140人程度の実験参加者に集まってもらいますが、ある参加者は俳句の創作を行い、ある参加者は俳句の創作を行わない条件にランダムに分けます。それで、Zoom 上でアンケートに答えてもらったり、20分の俳句創作を行ってもらったりします。その結果、俳句創作の前後で曖昧さへの態度が変わりました。つまり、曖昧なものを避けて、白黒はっきりしているものを好んでいた人も、曖昧さにより寛容になりました。ちなみに、この傾向は1週間後も続きました(曖昧さに寛容になったままでした)。

このように、20分の俳句創作というアート体験だけでも(ちなみに、割愛していますが、鑑賞にも効果があります)、曖昧さへの見方や態度が変容しうるというのは、アートの力なのではないかと思います。しかも、基本的にアート体験はポジティブなものなので、楽しみながらこれを行うことができます。俳句はアートの中でも、道具を必要とせず、ありがたいことに、基礎基本は義務教育カリキュラムに含まれているので、一層取り組みやすいのではないかとも思っています。

▲ 俳句創作、鑑賞を経て、曖昧さへの態度が変わったという研究結果
 

テーマは「曖昧」、でも解像度を上げる心理学

では、曖昧さに寛容な人が増えれば社会がよくなっていくのかと聞かれれば、答えはイエスです(ここは敢えて曖昧さなしで答えます)。曖昧なものに不寛容だからこそ、ネガティブな帰結になることがあります。例えば、完全に右でもなければ、左でもない政治的立場があるはずなのに、どちらかの強い主張に取り込まれ、自分とは反対側にいる人を否定、攻撃する人をよく見ます。過去自分が行ってきたことと今やっていることの整合性を見出せず、過去や今の自分が許せなくなっている人も見ます。そういう人もいるよね、そういう自分もいるよね、という態度がこの社会を歩きやすく、人生を豊かにしていくのではないでしょうか。

俳句をすぐに始めてください、ということではないですが、ぜひ美や芸術のそんなおもしろさを発見してくだされば嬉しいです!
■出典
Hitsuwari, J., & Nomura, M. (2023). Ambiguity Tolerance Can Improve Through Poetry Appreciation and Creation. The Journal of Creative Behavior, 57(2), 178–185.
https://doi.org/10.1002/jocb.574

【研究顧問 櫃割 仁平】

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