投資と心理学に共通する要素、「曖昧性」。心理学者の櫃割 仁平(ひつわり じんぺい)さんと共に、その可能性と面白さを探究していきます。
さわかみ投信の研究顧問として、副社長の熊谷さんと進めていた研究が1つかたちとなりました。ファンド仲間の皆さまにも協力いただきながら、投資内容別の心理パーソナリティを比較したような研究になります。今回のコラムでその研究内容について詳しく紹介させていただこうと考えておりましたが、その論文はというと、現在査読中 (他の研究者による審査中) でして、その査読が終わり、正式に論文として出版された時にでも遅くはないと思い、もう少し先延ばしさせていただきます。というのも、査読プロセス中には、再分析を求められたり、新しい解釈の提示を求められたりすることが多いからです。その過程を経て、世に出た時に自信を持って、今回はこういう結果でした、ということをお伝えすることができます。とはいえ、現段階で既に論文は公開されており、誰でも読むことができます(※1)。あくまで査読が終わっていない、かつ内容に変更の可能性があるという前提で読んでいただけますと幸いです。
初めて投資の研究に触れた!
さて、過去3回のコラムでも度々紹介させていただいたように、私は美や芸術を研究している心理学者です。投資の研究は全く行ったことがありませんでしたが、今回の共同研究をしている中で、新しい世界に触れることができ、とても楽しかったです。その中で、投資に関する興味深い心理学研究をいくつか見つけたので、今回はその1つについて詳しくご紹介させていただければと思います。
投資をするときには、正確な予測を好む
今回紹介する論文は、Journal of Experimental Psychology: Appliedという学術雑誌に2023年に載った「When Do Consumers Favor Overly Precise Information About Investment Returns?」というタイトルの論文です(※2)。5つの心理実験から構成されており、全てを詳しく説明することは難しいのですが、それらの5実験を貫くメインテーマは、「正確な予測 (precise forecast) vs. 範囲予測 (range forecast)」というところにあると認識しています。
例えば、1つ目の実験では、参加者は£5,000の資金が与えられ、それを架空の企業に投資するよう求められました。この状況を12回繰り返したのですが、12回の中には、企業の1年間の期待成長率が「5%」と正確に提示される時もあれば、「0%~10%」と範囲で提示される時もありました。200人が実験に参加し、平均して、どちらにより投資が集まったかを調べたわけです。結果としては、正確な予測の方に£2,265、範囲予測の方に£1,927が集まり、正確な予測を提示された方が自信を持って投資できるということが分かりました。その後、範囲予測を狭い範囲 (例:2%~4%) と広い範囲 (例:1%~5%) に分けたり (実験2)、範囲予測が損失を含む場合 (例:-1%~3%) を追加したり (実験3) しましたが、正確な予測を好むという結果は変わりませんでした。
正確な予測は可能?
正確な予測への選好が続く中、私がこの研究で特に好きなのが実験5です。実験5では、その前までの実験と同じく、正確な予測または範囲予測の状況を提示され、投資を行うのですが、その前にもう1つの課題、「経験課題」を行う必要がありました。何を経験するかというと、「不確実性」を経験します。まず、参加者は、2つのファンドポートフォリオを見ます。この2つもこれまで同じ趣旨で、ポートフォリオAには正確な予測が、ポートフォリオBには範囲予測が提示されています。次に参加者は、クリックすることにより、それぞれのポートフォリオの実際の成長率を見ることができました。そこに書かれているのは、実際の成長値が1%~7%で一様に分布しているものでした。つまり、正確な予測を提示されていたはずのポートフォリオAでさえ、実際の成長率は範囲でしか提示されないことを経験するということです。これが不確実性を経験するという意味です。
この経験課題の後に、同じ投資課題を行うと、これまでの実験1~4と異なり、正確な予測に対する選好はなくなり、正確な予測も範囲予測も同じくらいの投資額になったのでした。実際には存在しない「正確な予測」というものに対するバイアスを意識することの重要性を主張している研究なのかなと思います。
未来はいつも不確実
今回は、投資に関する心理学研究をしている中で出会った興味深い論文を紹介させていただきました。ややオーバーな解釈かもしれませんが、不確実性を意識することで身を守れることもあるということでもあるのかなと思います。曖昧性、不確実性が大好きな私としてはとても嬉しい研究結果でもありました。このように、投資関連の心理学研究も紹介させていただこうと思いますので、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。今回の論文はオープンアクセスといって、誰でも全文読めるようになっているので、ぜひ引用文献のリンクから覗いてみてください。
【研究顧問 櫃割 仁平】